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2015/02/03 10年近く前のある夜、突然食事に誘われ、山中湖の感じの良い、船みたいなお店へ行った。 犬も一緒だったので、テラス席でピューピュー冷たい風に吹かれながら、いつもは大抵聞き役の私が珍しくすごく語ったのを覚えている。 P.W.シンガーの『子ども兵の戦争』を読んで以来、自分に一体なにができるのだろうか、と苦しかった。 大したことは何もできない。ただそういう現実もあるんだということを1人でも多くの人に伝えることと募金することくらいしかできないのだと分かっていたけど、それで厳しい現実を変えられるとはとても思えなくて、つらかった。 9月の山中湖はとても寒くて、終盤、犬は震え出してしまったほど。 お店の人は「お水代わりにどうぞ」と温かい烏龍茶を入れてくれて、一緒に食事した人は否定することなく話を聞いてくれた。 それから4年後、横川シネマで『Invisible Children(見えない子どもたち)』という映画を観た。 3人のアメリカ人学生がウガンダ北部で2003年に撮ってきたドキュメンタリーで、南部中心の政府軍に対抗する北部中心の反政府軍LRAの夜ごとの襲撃から逃れるため、日没と共に何キロも歩いて中心都市のグルまで集まってくるNight Commuters(夜の移動者)と呼ばれる子どもたちをメインにしたものだった。 子ども兵について考える上映会だったので、映画の後に30分ほどのワークショップがあった。 内容は『帰還した子ども兵を受け入れますか?』というもので、質問は3段階になっていた。 まず『元子ども兵の少年をあなたの村に受け入れて欲しいという要請がありました。あなたは家の代表として村の意思決定会議に参加しています。あなたは帰還した子ども兵を受け入れますか?』をYESかNOか考える。 その次に『子ども兵士は幼い頃から軍人として育てられているため、暴力行為、殺人行為に対して感覚が麻痺して、これまで殺人を犯してきた可能性があります。また薬物やトラウマの問題も抱えているかもしれません。村に来たとして、村人に暴力をふるわないとは限りません。あなたは帰還した子ども兵を受け入れますか?』。 そして最後の質問は『その子ども兵が、あなたの兄弟、家族であった事が判明したとしたら、どうしますか?』。 全体的にYESと答えた人は7割くらいだった。 途中で「『その子ども兵が自分の家族や親族を殺していたとして、それでも受け入れますか?』という質問をしてみたらどうでしょう」とおじさんが提案した。 私は「この子は村出身の子であり、村の子どもは財産として責任をもって保護すべき」との観点で、すべてに『YES』の意見だったけど『村として受け入れる』という条件があってのYES。つまり一個人として、例えばホームステイのような形で受け入れる事はできない。きちんとサポートできる施設なり態勢を作った上でのYESだった。 なぜなら自分自身の事を考えた時、答えはNOだったから。 暴力を振るった人が更正プログラムを受けると言っても、一緒に暮らす事はできないと思った。自分と子どもを守る事をまず第一に考えた。 ただ、子ども兵の場合、自分の意志に基づく殺人ではなく、彼らには行く場所がない。身寄りもなく、ここで放り出して救われる先があるのか。そう考えると見捨てる事はできない。だから皆で協力できるのならば、村全体で受け入れたいと私は思った。 NOの人の意見は明快で「怖いから受け入れる事はできない」「村の人や家族に危害を加えられると困る」から。 そして同じYESの意見の人も、その内容は様々だった。「美しい音楽や美しい花に触れさせる事で心の傷を癒してあげたい」と、なんとなく綺麗事に聞こえるような純粋な事を言っているおばさんもいたし、微妙な心持ちの中でYESとした、私のような人もいた。 DVを経験した自分の場合『家庭では受け入れられない。村全体で』という考え方なのに対して、日本人的というのか『村の人には迷惑をかけられないから、家庭で面倒をみたい』とかいう人が意外に多かった。 「トラウマなんて大なり小なり誰にでもあります」「認め合えない中で築いてゆけるものもあると思う」と言い切れる人に対して、その時の自分は少し疑いの気持ちを持った。だって私は暴力に耐えられず逃げたばかりだったから。 それからまた4年が経ち、自分もいろいろ変わったけど、変わってないこともある。 良い意味でも悪い意味でも。 世界もいろいろ変わったけど、変わってないこともある。 良い意味でも悪い意味でも。 現在、そして未来を思う時、暗澹たる気持ちになることがほとんどで、46億年のほんの一瞬を苦々しく、そしてその苦々しさに息が止まらないように生きている。 未だ子ども兵にはなにもしてあげられていないし、誰かに何かを伝えたいと思うこともほとんどなくなってしまった。 目の前のことにいっぱいいっぱいで、きっとそれはこれからもしばらく続いていくけれど、目はそらさないし、考えることもやめない。 |