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13/01/01 自然からのおこぼれをいただくのではなく、意図的な虐待を伴う搾取によって作られたものならば、それらを拒否する勇気を持たねばならないと思う。 自分は我慢できる方だと思うけれど、フルータリアンを理想としたところでヴィーガンにすらなれなかった。 フォアグラこそ食べなかったけど、犠牲に感謝する事もなく、当たり前のように自分の糧にして、身につけて、快適を享受していた。 疑問に思っても、残酷さと人間の身勝手さを若干知っても、それに蓋をした。 でも、知れば知るほど、もう蓋はできなくなってきている。 |