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06/11/08 あたたかいお茶を飲みながら ゴミ収集の表をまじまじと見ていた。 前から知ってはいたけれど、各種ゴミと共に書かれている 「死亡犬・猫」の文字を見て、何だろうかと思った。 火事というか焼却だろう? ゴミを処理する施設に、共に過ごした家族を「持ち込む」人がいるのだろうかと思ったが (確信をもってNOという向きで) いない事もないのだろう。 何故なのかと慮ってみる。「見たくない」 しかし焼いて骨となるにしろ、土に埋めるにしろ、 必ず通らねばならない禊だ。 そうやって親兄弟、親族、友人を見送り見送られ、 私たちは命をつないでゆくのだ。 私の真正面でしっかり見上げている大きな2つの瞳。 この小さくて偉大なる子をいつか見送る日がくるのは、 出会った時から分かっている事。 それでも信じられない気がするのだから (それは嘘。「信じたくない」だけ。) それでも全てを込めて、その時を迎え、そして送る心づもりはできているのだから。 (まったくもって信じたくない) いつしかオリオン座が眼前に優しく立ちはだかり 冬の大三角形を探す季節。 彼の母は私の妹、彼は私、私の母は私の娘、 すぐ近くに生まれていて、彼と私の父に至っては同じ日に生まれた。 その誰もがいつか見送られ、せめてその時見送る者に 伝えられるものがありますように。 |