でぃっく カナリヤ   06/03/25

あの…これ…。>>kewpie







06/03/20

大正の夜桜を見た時から毎年共に桜を見上げたのではなかろうか。
そんな春をあと何度越す。

今年の桜はENDLICHERI☆ENDLICHERIのソメイヨシノという気分。
なぜだか分かる?
与える心と受け止める心、短い時間の中で繋がっているという事、
それらの重みを痛いくらい感じられるからよ。







06/03/19

今さらちょっとびっくりシリーズ第2弾。
リック・アストリーって意外と大人の色気声。


(っていうか、なぜ今リック・アストリー…?)

(っていうか、なぜリック・アストリー…?)







06/03/18

ちょ…今までよく知らなかったし、気にした事なかったけど
アンパンマンのマーチって、実はすごくない???(エンディングも)
作詞は、やなせたかしさんだって。

私にとってのやなせたかしは『やさしいライオン』につきるんだけど
この本や『チリンのすず』は、大人になっても読み返したくなるし
大人になっても手元に置いておくべき絵本だと思う。
生きれば生きるほど、見たくないものを見るでしょう?
思いやる心、どんなに裏切られてボロボロになっても信じ続けること、許すこと、
そういったものを、むしろ大人が持たなければならないし
手元にあれば、子どもにも読み聞かせてあげられるでしょう?
こういう本はずっとずっと続いて残っていかなきゃいけない。







06/03/16

毎晩、月を眺めるのが日課。
時間が許すなら1時間でも2時間でも平気。
(せわしない現実には残念ながら不可能なんだけど…)
おそろしいくらい美しい風景は何度となく見てきたけど
今夜はすごかったな。
煙、そう、ドライアイスみたいな雲から月が透けて見えるの。
月と私の間をドライアイスたちが軽やか且つ急いで通り抜けてゆくの。
そして90度反対方向へ巨体(雨雲)が物凄いスピードですり抜けてゆく。
圧倒された。素晴らしすぎた。







06/03/15

おじさんが足りない。
世の中にはたくさんおじさんがあふれているのに
私のまわりはおじさん不足。







06/03/12

花の香りが町を包み込むこの季節は、深く息を吸い込みすぎて意識が遠のく。
文字を見て思い出す。あの人たちは元気で暮らしているだろうか。
喫茶店でカフェオレを飲みたいな、そしていつものように
何かありそうで何もない会話をするの。
つまらなかったりピッタリ合ったりを繰り返して
難しすぎて簡単すぎる話をする。







06/03/12

写真は単なるドキュメンタリー。
そこに記憶や感情が付随しても、それは好きずきに解釈すべきこと。
写真を撮るという事は、そこにある現実をフレーム内におさめる事に他ならない。
だから例えばホロコーストはなかったと主張しても、
残った写真群が真実であるならば、到底言葉にはうち勝てない。
些細な事だけど、例えばこんな事もあるよ。
ずっと昔に見た写真の、背景に写っていた看板。
それが私の脳の片隅に残っていたから、車の中からその看板を見た時に「これは…!」と思ったの。
最も見せたい部分の如何に関わらず写真とはフレーム内に写った全てから構成されるものであるという事。
それがどのように見る側へ直接的に働きかけ、その後何を残し、何を生むのか。
それぞれがそれぞれにあればいい。
私の場合は見る側に解釈を強いない。
それは私の写真に意図がないからだとも言える。
写真を撮るという事は、単に撮りたい、収めたいという衝動に過ぎないから。
少なくとも私にとっては高尚なものである必要がないし、
それを誰かに見せるというのは、自分が見たものをお裾分けするような感覚。
大衆カメラ目感覚あとは自己完結とか自己満足とかいう類のもの?
思考や哲学って、とても回りくどくて鬱陶しくも、ちょっとカッコいいけど、
残念ながら私は頭が悪いので、感覚でしか生きられないのよ。







06/03/12

自我に囚われ足を掬われている人たちは自然に触れるとよいのではないか。
土に触れる事は潔癖を緩和させると考える。
自己主張しなくとも、ただそこにいるだけで人をハッとさせる、
たとえば窓越しに眺めた、湖畔の1本の白樺。
ケガをして岸にあがってきたカモと、その仲間たち。
彼らはそこに存在し、生きているだけなのに、とてもとても深い。
私たちはそういった光景から好き勝手に物語を膨らませる。
言葉を持ってしまったから。
だけど彼らも、私たちを取り囲むすべても、本当はそれを必要としない事はちゃんと知っている。
私たちがつけたがる理由や動機など要らないという事を。
生と死を目の当たりにし、感じる時の、どう表現しようもない心を
軽やかに一蹴してくれるのは、湖畔を駆け回る犬。
私は最早若気の至り的な感情を通り過ぎ、懐柔される事の馬鹿馬鹿しさや
常に底辺近くを生きる事への疑問、そういった前進しているとも後退しているともとれる変容の中で、
あまりに考え無さすぎたり考え過ぎたりしている。
でも本当はそんな事どうだっていい。
たとえば学芸会の劇で木の役を与えられたら、それを悲しく思わずに
立派な1本の木を全うすれば良いのである。
与えられた物事に感謝し、それを確実に成し遂げる、人の生とはそういう事だ。
大自然は楽園、犬は天使。そしてそれが私の幸せだから、夢へ、そして現実へ、つなげてゆけばいい。







06/03/05

デジタル化の煽りをくらっているのは印刷や出版より寧ろカメラ業界なのかも。
アグファもコニカミノルタも…。フジも危ないっていうし。
一眼の主流が松下やソニーになっていくのか…。
もちろん印刷はCTP、データ入稿もPDFがメインになってくる。
DTPはWin/Macの差がなくなる。サーバはより確実に管理できるようになる。
でも…それらを一言で表すなら?
「だって便利だもん」
なんかさみしい時代だよね。







06/03/03

自分のケアはしないけど、わんこのケアは毎日ちゃんとする。
おかあやんってそんなもの。







06/03/02

氷の世界と梅園といちご狩り。
(シーズン的に行きたいけど行けない気がしているもの)